パリ五輪とジェンダーレス

パリで開催中のオリンピックで寝不足の人は多いはずだ。
日本のメダル獲得に一喜一憂しているのは私だけではないだろう。

パリ五輪女子ボクシングに出場の選手2人が XY染色体を持っているというニュースを見た。
これはどういうことかというと、女子ボクシングの試合に生物学的な男性が出場しているという事だ。2人はそれぞれ違う国の選手であり、階級も違うが、他の女子選手とのレベルの違いは歴然らしい。

また、女子バレー選手の選手にも元男性が出場していたという。あえて国名と選手名は記さないが、競技上とても公平とは言い難い。
「男女の境界を無くす・区別しない」というジェンダーレス(genderless)の考えも解らないではないが、どうなのだろうか?

ジェンダーレスという考えは『男女の区別を無くす』ということで、男性が女性のファッションを選択しても問題ないのだが、公衆浴場やトイレ等の問題は解決されないままオリンピック競技に持ち込まれている感がある。
何よりも生物学的なポテンシャルの違いがあるため、同じ土俵で競技の優劣を競うこと自体に無理がある。

ジェンダーレスの他にジェンダーフリーという考え方がある。

ジェンダーフリー『男女の差別を無くす』ということだ。
社会的、性差の違いによる役割分担にとらわれず個人の能力を生かした生活をするという意味だが、これは理解ができる。
男は外で働き女は家で家事をするというような風潮は今や時代遅れで馴染まないし看護婦さんや客室乗務員が女性だけだった時代は昔の話だ。しかし日本では国会議員や経団連のお偉いさん方はやっぱり女性が少なくジェンダーフリーにはまだほど遠い。

話をパリ五輪に戻して私見を述べさせてもらうが、ことスポーツにおいてはジェンダーレスの概念を持ち込むことは公平ではないと思う。もしオリンピックでジェンダーレスを持ち込むならば競技の別枠が必要ではないだろうか?